タイ国ばね指事情

タイ王国におけるばね指に関連したこぼれ話2題です。
この国は立憲君主制国家で日本の皇室とも深い交流があり、国王は非常に尊敬されています。また学問の上でも日本と関係が深く筑波大学、慶応大学、横浜国立大学などと人事交流があります。
またタイは特許協力条約 PCT (Patent Cooperation Treaty)の加盟国(2009.12.24)であり国民にも先願特許保護の概念が要求されます...。



◇タイのばね指 -その1-

私が13年前に開発したガイドナイフと同じものが、2012年にはタイ王国で名誉ある賞を受賞したという話です。受賞したのは私ではなくて、ある大学の准教授です。...トホホ。

タイのプリンス・ソンクラ大学では国内における優れた発明に対して表彰を行っていますが、そのリサーチ部門の広報ページ(2013/06/20)によると准教授 Dr.Sittichoke Anuntaseree は「Top Innovation Award 2012」(最高発明大賞) を受賞しました。

また受賞式の写真集見ると最高賞金500、000バーツを受領したのは彼を含めて2人だけです。


受賞対象の発明はPercutaneous Trigger Finger Knife (経皮的ばね指手術の為のメス)で私の特許とそっくりです。
その紹介記事の中で、彼はメスの特徴として下記の事柄を挙げています。
1.メスは先端で弯曲している
2.最先端は丸くて腱を傷つけない
3.先端から離れたところ刃になっている
4.ガイドの役割により腱鞘切開が安全にできる
これは筆者による米国特許:5,893,861 号と全く同じ形態です。

右図のインセットは准教授が発明したとするばね指手術用のメスで商品名を「A-Knife」と呼び自分の苗字のイニシャルを冠しています。
左側は私が出願した米国特許(1999.4.13)に記載されている図です。


彼の開発した器具の解説の中に以下のような興味深い記述も見られます。
★ アメリカのBiomet社製のメス(PDF)は安全性の高いばね指手術器具であるが、タイ国内で入手できないために准教授は独自にメスを開発したこと。
(筆者注釈) 私は 2011/07/31 から公開しているホームページ(英語)でガイドナイフの販売元を紹介していますが、今までに如何なる問い合わせもありません(2014/01/23現在)。...トホホ。
★ 手の外科に関係のあるタイの医学会は2つあること。
  1. タイ手の外科学会 TSHH (Thai Society for Surgery of the Hand)
  2. タイ王立整形外科学会 RCOST (Royal College of Orthopedic Surgeons of Thailand)
★ タイで用いられる経皮的ばね指手術の器具は2種類あること。
  1. 18ゲージの注射針
(筆者注釈) タイに限らずどの国でも手に入る「間に合わせ」の器具であり、実際に手術合併症が多発することが知られています。
  2. 歯科器具のスケーラー(Dental Scaler)を改造して、先端を鋭利に研磨したメス
(筆者注釈) タイには「改造した歯科器具のスケーラー」を用いて2000年~2013年3月の13年間でばね指手術19、698症例を行った医師がいます。
★ タイの権威ある2つの医学会ではこれら2つの手術器具は推奨はしていないこと。
(筆者注釈) 平べったく言えば両医学会とも「どちらの器具も危険性が非常に大きく使うべきではない」との立場です。
先端が鋭利な器具によるばね指手術で合併症が非常に多い理由は、医師の経験や技量に左右されるだけでなく、手術ごとに運まかせと考えられるからです。
先端が鋭利な器具の危険性について啓蒙される状況は、日本もほぼ同じと思います。
准教授による画期的な手術器具の発明により「タイでも合併症のない経皮的ばね指手術の環境が整った」と結論づけています。
本文を読んで、タイの医学会はその歯科器具の使い手である医師を暗にとがめていると解釈するのは私だけでしょうか?

次はその歯科器具を使いこなす医師の話です。


◇タイのばね指 -その2-

・ タイで最も数多くばね指手術も行っているのはビッカイ・ビジットポルンクル先生(Dr.Vichai Vijitpornkul)です。
・ 彼は独自の器具を使って2000年~2013年3月の13年間に19、698症例の「経皮的ばね指手術」を行っています。この手術件数は世界中でもトップと考えられます。

・ 彼がこれほど多くの患者さんと「めぐり会える」のには若干の訳があります。
   1.タイ国内のテレビインタビュー、国際メディアの積極的な活用
   2.ネット映像(YouTube)の活用
   3.ばね指専門のホームページの活用
   4.タイの経済団体、文化団体、Sang Sai kee クラブとのタイアップ
   5.地方に出張して行う「集団ばね指手術

彼は2013年5月(頃)中国の北京の医学会で講演を行いましたが、その記録を読むと彼の活動の全容を知ることができます。以下はその講演を要約したものです。

★ 手術手技
手術器具と手術方法をDr.Li Zongmin に伝授されて2000年から経皮的ばね指を開始した。

★ 使用する器具
手術で使うのは歯科器具のスケーラー(Dental Scaler)を改造したメスで、「Dr. Vijitpornkul Hand Instrument」と名付けて「Blade Probe A」と「Blade Probe B」の2種類を製品化した。

★ 集団ばね指手術
毎月1回タイの地方都市へ出張し、多数のばね指患者さんを一堂に集めて手術を行っている。この集団ばね指手術はタイの60の地方都市で合計123回に及ぶ。また一日の最高手術件数は2013年5月10日の38患者、41指を記録している。
(筆者注釈) 記念の集合写真によると毎回10~30人ほどの患者さんが集まります。
★ 協力する団体
   1.地方の赤十字団体
   2.タイの国際ロータリークラブ3350
   3.Sang Sai kee クラブ
   4.タイ電力会社協会
 これら企業は、出張ばね指手術や予防教室を無料で開催できるよう資金援助を行っている。

★ 手術統計(2000年~2013.3) 手術件数

(筆者注釈)
・ 最右の表において「最良の長期予後」と「普通(3-4週後」の合計で99.5%は、「経皮的ばね指手術の結果」としては非常に優秀で「神の手」の域とさえ言えます。
・ もともと「経皮的ばね指手術」は腱鞘を見ない(観察できない)性質上、結果の善し悪しは「経験」と「勘」と「運」の3要素に左右されます。
      たとえば皮下脂肪が厚いとA1腱鞘が触知できず皮膚切開の場所が定まりません。
        →「勘」に頼った皮膚切開となります。
      またA1腱鞘は個人差で2カ所の場合は一方だけ切開しても良い結果は得られません。
        →A1腱鞘は1カ所だけという「運」に頼ります。
      手術で「経験」を積むと「勘」は鍛えられますが、「運」についてはそうはいきません。
・ 手術の性質上、色々な合併症や手術後の予後不良が多数発生していることは想像に難くありません。事実、同じ器具を用いて行っても本人(ビッカイ・ビジットポルンクル先生)以外の手術では合併症が非常に多いと述べています。

・上述の准教授 Dr.Sittichoke Anuntaseree  はじめ、タイの医学会が彼の動向を注意深く見守っていることは上述した通りです。

・ タイの医学会は、彼の使用する器具について懐疑的であるだけでなく、集団ばね指手術の症例選びにおいて医学知識のない一般団体が関与している点についても危惧している印象があります。

・ タイの医学会の今後の動向なども注目されるところです。
・ 医療者向けの専門的な話ですので該当記事もご覧ください。


参考ビデオ
ビデオ1
ビッカイ・ビジットポルンクル先生(Dr.Vichai Vijitpornkul)が中国の医学会で講演(2013)したスライドです。
 
ビデオ2
ビッカイ先生が「自分自身」のばね指手術を行っています。
切開ストロークは7~80回に及びます。
ユーチューブのコメントに、『信頼のおける弟子に手術をしてもらえば ...?』とあります。

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