原稿「診察室から」


診療室から

コンピュータのファイルを整理していると、須高医師会の会報に投稿した腱鞘切開刀に関する文章がでてきました。今から8年前になりますが、ホームページに再掲してみました。

写真の一番下は私が針金を細工して作った腱鞘切開刀の原型です。
また上の2本は市販されている2種類の腱鞘切開刀で、それぞれ側面にSTANDARD(鋭刃刀)又は BLUNT(鈍刃刀)の刻印があります。

上から3番目は、私の個人使用の目的で1989年2月に試作してもらったものです。これにも鋭刃刀と鈍刃刀の区別があります。試作品とは言え、機能的にも形態的にも製品と全く同じであり、実際に鈍刃刀の方は現在も手術で活用しています。
2011.5.30


「わが子、ガイド付き腱鞘切開刀」
(2003.6.8 PM10:45)
湯本義治

 昭和62年11月に開業医の仲間入りをさせていただき、爾来16年目を過ごしております。
 一般的に、手術が嫌いな人で整形外科医を目指す人は多くはないと思います。私もそのような一人で、ひとたび開業するということは「メスを置く」ということにつながり、外科系の医師としての目的のひとつを失ってしまうような気がしたものです。

 開業してからすぐに手術用メスの製作にとりかかりました。太めの軟鋼線(針金のことです)の先をハンマーで叩いて扁平にし、ペンチで曲げたり延ばしたり して頭で描いていた通りのモデルが出来上がりました。これを原案として業者に提示し、平成元年早々に特製の手術用メスを70本納入していただきました。そ して同じ年の2月15日にはこのメスによる初めてのばね指手術を行いました。
 人間というものは趣味や道楽のために費やす出費は、いくら他人から常識はずれだと諭されようとも軌道修正は不可能なものです。このメスを「ガイド付き腱 鞘切開刀」と命名し、また日本国特許第1852829号を取得しました。つづいて米国特許5893861号、EPC特許(仏、英、独)も取得しました。こ れらの経験を通じて、特許出願やその維持のために要する費用はかなりの額にのぼることが順次判明し、特許事務所から請求書が届くたびに家族からは何度も無 駄な出費ではないかと指摘されるようになりました。医療法人からいただく給料の中から定期的にそれなりの出費を余儀なくされていますが、私はめげません。 そのたびに、「これは私の唯一の趣味だ、いや、男のロマンだ...」と切り抜けるのです。

 米国特許の継続期間は1996年1月1日付けの通商ウルグアイラウンド合意により、パテントの20年ルールが発効しています。腱鞘切開刀の米国における 特許出願は1999年4月ですので、その後20年間年金を払い続けるとすると私は68歳ということになりますが、そんな先のことまで今はまだ想像がつきま せん。

 さて通常の方法で行われるばね指手術は20分前後の時間がかかるはずですが、ガイド付き腱鞘切開刀を用いることにより、それが2、3分の短時間で終了す ることが可能となりました。ばね指の手術中は出血を完全に止めるために、上腕部に巻き付けた血圧計で圧迫したまま手全体を阻血状態にします。血圧計の圧迫 が20分も続くことは患者さんにとってはかなりの苦痛をともなうはずですが、手術を行う医師の側はそれについては意外に無頓着であり「病気を治すためであ るのだから少々の痛みについては我慢しなさい...」という立場を多かれ少なかれとりがちです。手術に痛みは不可欠ではあるとは言うものの、その時間がわ ずか2、3分間で済むようになるのですから、本切開刀の威力は大であると自負しています。

 さて、このガイド付き腱鞘切開刀により、それまで手洗い助手を必要としていた手術が術者一人だけで行うことが可能であるという副産物を生み出しました。 ばね指手術は整形外科における一番小さな手術といわれ、また整形外科のレジデントが最初に行う手術ともいわれています。たとえ小さな手術であろうとも手術 は手術であり、たった一人で手術を行うことができるのであれば開業医師としては大変好都合です。一度は捨てたはずのメスですが、ばね指手術に限って再びメ スを手にする元気を取り戻しました。

 ばね指手術の専用器具を最初に発表したのはフランスのセントピエール大学病院の医師Jean Lorthiorで1958年のことです。彼が経皮的ばね指手術の先駆者であり、その後40年以上にわたって全ての発表文献で引用されることになりまし た。そして私のデザインした「ガイド付き腱鞘切開刀」はその後の40年間のギャップを一気に埋める画期的なものではないかと自負しています。すでに製品と して販売開始されており20名を越える整形外科医にも実際に使用していただいています。長野市で開業の大先輩であるA先生もそのお一人ですが、本切開刀に ついて大変誉められたことがあり一層意を強くしました。私自身の手術例数は現在280名を越え、また商業誌(新OS Now 10、最小侵襲手術の最新手技:メジカルビュー社刊、2001年)にも分担執筆させていただいております。

 「ガイド付き腱鞘切開刀」は、私に整形外科医師として再びメスの機会を与えてくれました。趣味と実益をかねた...と言いたいところですが、とても維持 費のかかる単なる「道楽息子」かもしれません。特許維持のための費用を得るために日々の診療をするという本末転倒のような結果がまだしばらく続きそうで す...。

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