手術テクニック(詳細)

(医療機関向け)
このページは「2mm切開ばね指手術」を今後導入される手外科、整形外科および形成外科各医師のご参考となるように記載しました。
また、当院で手術を予定されている患者さんも予めご覧いただくことで手術進行が深くご理解いただけます。

本文では
2mm切開ばね指手術本法と呼び、重要項目について説明します。
1.LURT試験 2.ガイド部誘導切開 3.ティップ・アップ手技 4.本法のまとめ の順です。


1.LURT試験

本法ではガイド部がA1腱鞘の下に正確に差しこまれたか否か、エコー装置により映像として確認できます。
このようにしてガイド部の位置を判断する操作をLURT試験(検査)と呼びます。

 ● A1腱鞘下へのガイド部挿入
  本法ではガイド部をA1腱鞘の下へ確実に差し込む必要があります。
  皮膚切開の位置が適切であれば簡単に完了できるはずです。
  下図の手順 d の状態でLURT試験へ進みます。

イメージ

ガイド部の動き

先端でA1腱鞘を軽く押さえながら末梢へ移動
b
腱の表面を軽く押さえながら中枢へ移動
c
ガイド部を倒しながら、さらに中枢へ移動
d
ガイド部が挿入される
摘 要 A1腱鞘の段差で先端は少し沈み込む ガイド部先端は鈍(球形)で腱を傷つけない 同左 LURT試験へ進む
ガイド部の傾斜 ほぼ垂直 ほぼ垂直 徐々に水平へ 水平


 ●LURT試験とエコー検査

 ・ LURTは吊り上げ抵抗試験を意味し、Lift Up Resistance Test の頭文字です。
 ・ 実際の操作としては、切開刀を軽く吊り上げてみるだけの検査です。
 ・ A1腱鞘は骨・関節と連続性があり、ガイド部の位置が正しければ切開刀は上へ動きません。
 ・ LURT試験は鋭刃刀と鈍刃刀のどちらでもできます。

 ○ 本法はエコー装置がなくてもLURT試験だけで実施できます。
 実際、エコー装置の導入前はLURT試験だけが拠り所であり、ガイド部の挿入操作では作業線(後述)を外さないようし注意しながらA1腱鞘下に挿入していました。その手術ビデオは#646、#661、#660、#736 などです。

 ○ 現在では術中エコー検査により本法に客観性が加わり、経験だけが頼りの当てずっぽうの手術ではなくなったと言えます。下の写真のような母指で起こりがちな偽陽性(ガイド部の位置不良)の場合でも、映像を見ながら直ちに修正できます。

 ○ 実質的にはLURT試験とエコー検査をセットで行いますので、両方を含めて単にLURT試験と呼ぶ場合もあります。
右母指、女性54才、罹病期間1年(#955 左母指、女性52才、罹病期間4ヶ月(#884未収載)



2.ガイド部誘導切開

本法の最大の特徴は腱鞘切開に際して手掌の皮膚の移動性を利用する点であり、他の経皮的ばね指手術と全く異なります。
ここでは 1)手術手技 2)皮膚の移動性 について説明をします。

 ● 手術手技

切開刀を吊り上げながら腱鞘を切開します。

腱鞘を吊り上げるとA1腱鞘の正中で切開できます。

腱鞘切開の方向(左図)が作業線(右図)に沿っていれば手術は安全です。

下のビデオは、腱鞘切開でのガイド部の動きがわかるように側面エコーをスーパーインポーズした映像です。
 【症例1】 右環指ばね指、女性72才、発症後8ヶ月(#1512
 【症例2】 右環指ばね指、女性43才、発症後3年(#1519


 ● 皮膚の移動性

 切開刀の刃の長さが4mmあり、A1腱鞘が浅い症例ではLURT試験の際に刃の一部が皮膚の外に出ています。この様な場合でも皮膚の移動性を利用すれば皮膚を切らずにA1腱鞘だけを切ることができます。
逆説的な言い方ですが、皮膚の移動性を利用することを念頭に経皮的ばね指手術用の新しい腱鞘切開刀を設計したとしてもガイドナイフの形態以外にはあり得ません。

手掌の皮膚の移動性について、自分の手で簡単に調べることができます。
  • 図は右手を軽く曲げた状態です。
  • この手のひらの皮膚を左示指で軽く押さえて、遠位および近位へずらしてみます。
  • 皮膚が移動できる距離 d=可動域 は約1 cmであることがわかります(個人差があります)。
  • 腱鞘切開の時に手を曲げる理由はここにあります。
 手を平らに広げた場合は?
  • 手を広げた状態で同じ実験をすると、皮膚の移動性は完全に消失することがわかります。
  • つまり、手を広げたまま腱鞘切開をすると皮膚を切ってしまいます
実際の手術ビデオからの写真で、皮膚切開の長さは皮膚切開は約2mmです。
皮膚の移動性を利用するためにこの大きさで済みます。

○ 手術翌日に当院で薬浴を行ったあとに撮影しました。
○ A1腱鞘の周囲の皮下組織も皮膚と一緒に移動するので、皮下組織の損傷が非常に少ないことも特徴です。
○ 小さな皮膚切開、短時間手術のため、患者さんのように糖尿病があっても今までに感染症はありません。
右母指、女性73才、発症6ヶ月前(#1416



3.ティップ・アップ手技(テクニック)

本法の最大の特徴は手掌の皮膚の移動性を利用する点ですが、皮膚はどこまでも移動出来るわけではありません。皮膚の移動限界があるからです。
ここでは 1)皮膚の移動限界 2)ティップ・アップ手技 について説明します。


 ● 皮膚の移動限界について

右図は「皮膚の移動性」を利用して腱鞘切開がb点まで進んだ所です。

a: 腱鞘切開の始点を、皮膚表面に投影した地点です。
b: 皮膚の移動限界です。この時A1腱鞘の一部が未切開ですが、大きな力で腱鞘切開刀を続けると皮膚や皮下組織を切ってしまいます。
d: 皮膚切開の距離は、上述の「手掌皮膚の移動性」で述べた d 皮膚の可動域 と同じです。ここまで区間の腱鞘切開では皮膚損傷は起こりません。


 ● ティップ・アップ手技

○ ティップ・アップ手技 Tip Up Technique は 腱鞘を下から上へ切るためにガイド部の向きを変えるの意です。
○ A1腱鞘が皮膚の可動域よりも長い場合に、ティップ・アップ手技で未切開のA1腱鞘を切開します。
○ 丸数字1~3はビデオ映像からの連続写真です。

右中指、男性54才、発症後5ヶ月以上(#1585)
手順 1 上述の a~b 区間の切開の形です。切開刀はほぼ垂直で、またガイド部は水平です。

手順 2 b 点に到達したところで、ガイド部先端が少し上を向くように切開刀を横に倒します。 

手順 3 切開刀を水平に近づけながら、ガイド部先端で皮膚の裏側を押すように切開します。

模式図 これにより手順2、3において皮膚切開を広げずに未切開のA1腱鞘だけを切開できます。
 
補足説明 ティップ・アップ手技における刃部の動きは、ペーパー・ナイフの動きとそっくりであることが分かります。

右環指、男性43才、発症後3年(#1519
ディップ・アップの説明ビデオもご覧ください。




4.本法のまとめ


1.手術に不可欠な皮膚切開
ばね指手術とはA1腱鞘を切開するだけの簡単な手術です。

A1腱鞘は長さが1cm前後のトンネル構造で、MP関節と同じ位置にあります。

一般的なばね指手術では1.5~2cmの大きな皮膚切開が必要ですが、手術に不可欠である皮膚切開そのものが術後の機能回復を遅らせるのでは、と私は考えています。

もし皮膚を全く切らずA1腱鞘だけを切開することが出来れば理想的ですが、それは現実的ではありません。

本法は皮膚切開がわずか2mmであり、皮下組織の損傷もほとんどありません。そのため、術後の組織の癒着が少なく機能回復も非常に速やかであり、ほぼ理想的な手術と言えます。

2.手術の確実性と安全性


皮膚切開が小さいことは早期の機能回復のための第1条件ですが、「理想的なばね指手術」と呼ぶためにはさらに重要な条件があります。

1.皮下組織の損傷
皮下組織は皮膚と一緒に切開されますが、この損傷が小さければ小さいほど理想的です。
実際の手術で切開刀の刃が皮膚から突き出ている場合もありますが、皮膚も皮下組織も余分に切る怖れはありません(上述)。
切開刀の刃が皮膚上に突出しています。 拡大図です。

2.手術の確実性
一度の切開操作により、A1腱鞘が確実に切開できること。
内部の様子を目で確かめることができない手術方法の場合、本法のように腱鞘切開がただ一度の操作で完了するのが理想的です。
手術の成功を「まぐれ」や「偶然」にたよる手術方法では困ります。

3.手術の安全性
手術が確実に行えることは、同時に安全であることを意味します。
本法はガイドナイフを使いますので、A1腱鞘の両側に伴走する神経や血管を損傷ことはありません。
もし注射針を使う手術で誤ってこれらを損傷すると指先がしびれる後遺症の原因となります。

4.腱の損傷
A1腱鞘と腱とは密着しており、これを損傷すると機能障害の原因になります。本法は腱を傷つけるおそれがありませんが、注射針などの先端が鋭利な切開刀では腱の損傷は避けられません。


3.手術手技

1.皮膚切開
皮膚切開の長さは1mmあればガイドナイフの先端を挿入することが出来ます。

触診で予測してた位置がX線写真の結果と違う場合があるので注意が必要です。

手のひらの皮膚にも移動性があり、X線撮影のときに鋼線マーカーと指骨の位置関係がずれることがあるからです。このようなずれは、手のひらを上にしたX線撮影では起こりません。

2.モスキートによるプロ-ビング
プロ-ビングの目的は2つあります。

○ 皮下組織を分けてA1腱鞘までの道筋を付けることです。これによりガイド・ナイフの先端を抵抗なくA1腱鞘まで入れることができます。

○ A1腱鞘の状態が的確に判断できます。
腱鞘の横幅を探ることにより、必然的に正中部分の位置がわかります。
私は極細の曲がりモスキートを使いますが、先端が丸いので腱鞘を傷つけることはありません。

3.鈍刃のガイドナイフによるLURT試験
ガイドナイフには「鈍刃刀」と「鋭刃刀」の2種類あり外観はどちらも同じです。ガイドナイフの先端が長さ5mmのガイド部です。またガイド部の最先端は精密な曲面加工が施されていて、下記の操作でも組織を傷つけることがありません。。

最初に使うのが鈍刃刀です。
ガイド部を皮膚と垂直して、その先端がA1腱鞘に触れる所まで挿入します。このときガイドナイフは皮膚面と水平になる位に傾いています。

切開刀の傾斜角を変えずに、ガイド部をA1腱鞘の表面を滑らせながら指先方向にゆっくり移動します。
A1腱鞘の端を越えた途端に、ガイド部の先端が腱を凹ませるように沈み込むのがわかります。
この位置でガイド部の移動を一旦止め、逆の方向へ腱の表面をなぞる感覚で移動させます。このとき徐々にガイドナイフの傾斜を垂直に立ててゆきます。
ガイド部が腱鞘の内側に入ったことを確かめるにはガイドナイフを軽く引っ張り上げて確認します。これを筆者はLURT試験と名付けました。
このとき切開刀が持ち上がる場合にはガイド部の位置が浅すぎてA1腱鞘に引っかかっていませんので、再操作が必要です。

LURT試験の時に、エコー装置でガイド部の位置確認しますが、筆者はビデオ映像ではこれを時々省略しています。

4.鋭刃のガイドナイフと入れ替え
鈍刃刀でのLURT試験が成功した後、同じ道筋から鋭刃刀に入れ替えます。鈍刃刀と鋭刃刀とが同じ外観であるのはこの為です。

鋭刃刀に入れ替えた後、エコー装置でガイド部の位置を確認します(必須の操作です)。この時、ガイドナイフの刃の一部が皮膚の上に付き出していることもありますが、エコーの探触子が傷つくことはありません。
ガイドナイフの正味の刃渡りが約4mmあり、皮下組織の厚みよりも大きい場合にみられる現象です。

5.腱鞘切開操作
これまでの操作(1.~4.)は指を伸ばして行いますが、ここでは指を曲げながら行う動的な手術手技となります。

指を伸ばしたまま腱鞘切開を行うと皮膚が固く緊張していて皮膚まで切れる可能性があります。
そこで、腱鞘切開に進む前に指を軽く曲げてもらいますが、急激に指を曲げるとガイド部がA1腱鞘から外れる可能性があるので注意が必要です。MP関節の曲げにつれてA1腱鞘が同じ方向に回転するからです。

皮膚が十分にたるんだ(移動性が出た)ところで指曲げを止めてもらい、腱鞘切開を行います。腱鞘を上に吊り上げながら平行に移動して切開を行います。この吊り上げによりA1腱鞘は正中で切開され、また刃が側方に迷入することはありません。

皮膚が固くて移動性が少ない場合にはこの方法だけではA1腱鞘を全長にわたって切開出来ない場合があります。この場合には「ティップ・アップ」テクニックにより、残りのA1腱鞘を簡単に切開出来ます。私は全ての症例で「ティップ・アップ」テクニックにより皮膚の余分な損傷を未然に防ぐようにしています。


◇ A1腱鞘の偏位と注意点

○ A1腱鞘に下図のように個体差があります。
○ どの解剖図譜にも共通の事柄ですが実際に図譜を描くためには最も代表的なA1腱鞘パターンをただ1つに集約して描いてあります。我々医師はA1腱鞘の知識を主に解剖図譜から学びますが、実際のA1腱鞘には個体差があることを知っておくことは役に立ちます。
○ 特に経皮的ばね指手術では「A1腱鞘には多彩な形態がある」と認識して手術に臨むことが重要です。




○ A1腱鞘が2分割している症例

一方だけ切開しても手術は不完全です。頻度は少ないですが、実際のA1摘出標本があります。

Thieme出版の解剖図譜は全てA1腱鞘が2つに分割しています。

これもThieme出版の図譜(改変)です。

2分割したA1腱鞘(自験例、再掲)



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