各ばね指手術の比較
(医療機関向け)

微小切開手術の正式な医学用語は経皮的手術ですが、医療者にもほとんど普及していません。
本文では微小切開によるばね指手術を経皮的ばね指手術の正式名称で記述しています。
は本文の末尾の経皮的 -用語の定義-もご参照下さい。


◇ ばね指手術の比較とは

○ ばね指手術は切開刀の違いにより、皮膚切開の大きさや手術方法が異なります。

○ 本文では、経皮的ばね指手術を主題として 1)切開刀の比較 2)皮膚切開の大きさ 3)組織損傷の多寡 4)合併症の有無 などに言及します。


◇ ばね指手術の分類

本邦における代表的なばね指手術の一覧表です。

 摘 要\手術の名称 標準ばね指手術 経皮的ばね指手術
1.使用する切開刀 外科用メス ガイドナイフ 安永式切腱刀 注射針など
Biomet社製切開刀
2.皮膚切開の大きさ 1.2~2.5cm 2~3mm
3.A1腱鞘を見るか見ないか 見ながら切開 見ないで切開
4.全国の普及率 最も普及している 普及率は低い きわめて低い

○ 表のうち確実にA1腱鞘が切開できるのは「標準ばね指手術」、「ガイドナイフ」および「安永式切腱刀」の3つだけと言っても過言ではありません。

○ 標準ばね指手術は開放性ばね指手術とも呼ばれ、A1腱鞘を目で確かめながら切開するので大きな皮膚切開が必要です。最も代表的な手術方法であり、単にばね指手術と言えばこの方法をさします。
本邦において、ばね指手術の現在の主流は標準ばね指手術 (ビデオ図書室)ですが、その流れはゆっくりと「経皮的ばね指手術」の方向へ進んでいると考えて間違いありません。


◇ 安全性の高い「経皮的ばね指手術」

○ 経皮的ばね指手術は器具の違いにより3群に分けられますが、安全な手術は1群と2群です。

 第1群 ガイドナイフ(2mm切開ばね指手術)
 第2群 安永式切腱刀およびBiomet社製切開刀
 第3群 18G注射針および先端鋭利なメス全般
第3群の手術映像は注射針ばね指手術(ビデオ図書室)で見られます。また手術による神経損傷などの合併症の危険があり、限られた医療機関で散発的に行われるにすぎません。
英語圏における経皮的ばね指手術は「注射針の手術」だけを指しますが、本邦と同様に日常的に行われてはいません。
○ ガイドナイフと安永式切腱刀は共に本邦発祥であり、近年注目を集めています。われわれ国民はおしなべて手が器用ですので今後、安全性と確実性の追試が行われるにつれて実施医療機関も増えると予想されます。

○ 特にガイドナイフは小さな皮膚切開に加えて、皮下組織の挫滅、損傷が圧倒的に少ないので術後の組織癒着が軽く、手の機能は早期に回復します。これらが評価されて当院での手術件数も増えています。

○ 以下のビデオで両方の手術を対比してご覧いただけます。
下記のYouTube映像をご覧いただくためにFlashプラグインが必要です。 映像が見られない場合

2mm切開ばね指手術
ビデオ図書室より (#974)
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安永式切腱刀によるばね指手術
YouTube 映像より
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◇ 切開刀の比較 -経皮的ばね指手術-

上の映像を参考に、主にガイドナイフと安永式切開刀について比較しました。(注射針は参考まで)

 摘   要 \ 切開刀の種類 ガイドナイフ 安永式切腱刀 注射針
1.切開刀の最先端 ガイド部 ガード 鋭利
2.皮膚切開の位置決め XP検査 手掌皮膚横線 手掌皮膚横線
3.皮膚切開の数、大きさ  1カ所、2mm 1カ所、3mm(理論値) 3~4カ所
4.腱鞘切開の回数 通常1回のみ  3回 (ビデオ例) 20~30回以上 
5.術中エコーの有効活用 する(必須) しない しない
6.腱鞘切開の時に指を曲げるか 指を曲げる  指は伸ばしたまま 指は伸ばしたまま
7.皮下組織の損傷 極めて少ない 少ない 必ず起きる
8.指神経の損傷 なし なし 可能性あり
9.腱の損傷 なし なし 必ず起こる
10.手術の客観性、確実性 あり あり なし

  ● ガイドナイフの特徴(まとめ)
1.切開刀の最先端
ガイド部の名称の由来は「腱鞘切開のルートに沿って刃を案内する(ガイドする)」です。切開刀の刃はガイド部の動きに追随して腱鞘を切開することになります。
2.皮膚切開の位置決め
A1腱鞘の遠位入口部の位置はMP関節裂隙とほぼ一致します。予め触診で予測して、金属マークをテープ止めした上でXP撮影を行います。
他の経皮的手術では手掌皮膚横線がA1腱鞘の基準とされていますが、個体差が多く実用的でないことも指摘されています。
3.皮膚切開の数、大きさ
皮膚切開の大きさは2mmです。これはガイドナイフの刃の奥行きと同じ長さです。
4.腱鞘切開の回数(ストローク数)
通常1回で腱鞘は切開されます。
一般に内部が見えない操作では、腱鞘切開の回数が多いほど組織損傷や合併症が増加します。
5.術中エコーの有効活用
腱鞘切開に先立ちエコー検査を行って、ガイド部がA1腱鞘の真下に挿入されたことを確認します。
経験は重要ですが、「勘」や「当てずっぽう」の要素が排除された合理的な手術です。
6.腱鞘切開の時に指を曲げるか
ガイドナイフをセットした後、MP関節を30~40°曲げてから腱鞘を切開します。
MP関節を曲げると皮膚がたるんで移動性が出現し、余分に皮膚を切らずに済むからです。
7.皮下の脂肪組織の損傷
一般に手術では、皮膚切開の長さに応じて皮下の脂肪組織も切開されます。
皮下の脂肪組織は重要な臓器ですが、実際の臨床の場では軽んじられることが多いようです。
たとえば脛(スネ)の深部で脂肪組織が傷つくと骨と癒着して「しこり」や「えくぼ」が出現します。
同様に、腱の周りの脂肪組織が傷つくと、それだけで腱と脂肪組織は癒着してしまいます。
皮下の脂肪組織はなるべく傷つけないに限ります。
8.指神経の損傷
ありません。
9.腱の損傷
ありません
10.手術の客観性、確実性
あり(これは1.~9.の総合評価です)

◇ 先端が鋭利なメス -経皮的ばね指手術-

○ 経皮的ばね指手術のパイオニアはフランスのLorthioirの論文で1958年にJBJS(米国整形外科雑誌)に発表されました。手術成績の良否は別にして、先見性について敬服に値する論文です。現在に至るまで、ほとんど全ての経皮的ばね指手術はこの論文を規範として行われています。
彼の論文では経皮的=Subcutaneous(皮膚の下を探りながら行う...の意)が使われていますが、現在は「経皮的」の用語としてPercutaneous(皮膚を経由して行う...)が使われます(後出)。

彼が使用したのは幅1mm長さが1cmの切開刀ですが先端が鋭利なメスであれば代用出来るとしました。
今でも医学の世界で経皮的ばね指手術の標準器具といえばは18G注射針を指しますが、これはどこの医療機関にも始めから備えてある「間に合わせ」の切開刀と言えます。

○ 米国 Campbell 整形外科教科書の注射針手術の解説に、手術が失敗した場合は再手術が必要となる旨を予め説明し、了解を得ておくこと とのただし書き1*があり、手術の評価は決して高くありません。

○ その後も、諸家により形状が少しづつ異なる切開刀が考案されましたが、何れも先端が鋭利で機能的にはは「注射針」を大きく上回ったとは言えず、普及するには至りませんでした。


◇ 先端にガードが付いたメス -経皮的ばね指手術-

○ 経皮的ばね指手術の器具の完成型がガイドナイフと安永式切腱刀です。腱を傷つけないように、どちらの器具も刃の先端にガードが付いており、その他の器具とは一線を画しています。
○ ガイドナイフについて別に述べましたので、ここでは安永式切腱刀とBiomet社製切開刀について補足します。手術方法はどちらも同じです。


 ● 安永式切腱刀
安永医師が1992年に開発した切開刀で、その経緯を記した文献2*もあります。
製品写真と使用方法が(株)メディカルユーアンドエイの製品カタログに収載されています。
以前から半月板切開刀(Mensicotome、下図の右)が普及していましたが、安永式切腱刀はそれと類似点が少しあります。




 ● Biomet社製切開刀
米国特許に1996年4月16日付けで登録されました。ディスポ仕様で同社の製品カタログ(PDF)に詳しい手術説明があります。
特許番号USPAT 5,507,800 のテキスト文書またはTifファイルで閲覧出来ますが、本来の使用目的は手根管手術の切開刀として登録されています(下図)。
これは上述の半月板切開刀と全く同じ形状であり、USPATに登録出来た経緯は不明です。


◇ 手のひらのランドマーク

 ○ 手のひらにはいくつかの有用なランドマーク(目印)があり、知っていると便利です。
 ○ 左図の横線と皮線
    1) 手掌皮膚横線: 近位手掌皮膚横線、遠位手掌皮膚横線
    2) 皮 線: 遠位指節間皮線、近位指節間皮線、手掌指節皮線
 ○ 右図、同じ写真にX線写真を合成
     MP:中手指節間関節
     PIP:近位指節間関節
     DIP:遠位指節間関節
     IP:指節間関節(母指の場合)
 ○一般に間違われやすいですが、右図の「MP」と左図の手掌指節皮線は位置が違います。
  右図「MP」は左図「X線用マーク」=2mm切開ばね指手術における皮膚切開に一致します。



 ○ 指輪も一種のランドマークです。
   X線写真で見ると指輪は基節骨のほぼ真ん中にあります。
   一般的に指輪の位置はMP関節に近い位置と誤解される場合が多いようです。

















◇ 低侵襲ばね指手術の要件

一般的に手術の皮膚切開は小さいに越したことはなく、経皮的ばね指手術はまさにこの流れに沿った手術です。
また手術では健康な組織や臓器を多かれ少なかれ損傷しますが、その点はばね指手術も同様です。
一般に、組織損傷や合併症が避けられない手術は低侵襲とはいえません。

手術器具\摘要 低侵襲? 皮切の大きさ 皮下組織の損傷 合併症の種類
1.毛細血管
2.リンパ管
3.自由神経終末
4.皮膚受容体
5.脂肪組織
1.腱損傷、部分切断
2.指神経の切断
3.指動脈の切断
4.その他
 ガイドナイフ 2mm 最も少ない 上述
 安永式切腱刀 3mm 少ない 上述
 標準ばね指手術 1.2~2.5cm 皮膚切開と同じ大きさ 通常はなし
 注射針など × 1mm、数カ所 必ず起きる 合併症が多い
 内視鏡 × 3mm、2カ所 大きい、5cm皮下トンネル 不明

○ 表の中で特に注目すべきは皮下組織の損傷です。

○ 一般に皮下組織は重要な臓器であるとは認識されていませんが実際には活発な機能を持った臓器であり、単なる脂肪組織の貯蔵庫ではありません。
ヒトの皮膚が損傷を受けると皮下組織が直ちに活性化して癒着により損傷部位を修復しようとします。このような潜在能力を持つ皮下組織は正しく臓器そのものです。

○ この皮下組織の機能が、時には人体に不都合をもたらします。
もし皮下組織が腱の周りの損傷されると、腱を巻き込んで癒着します。つまり程度の差はありますが、どの術式でも皮下組織と腱との癒着は避けられないことを意味します。
そして皮下組織と腱の癒着の多寡が、術後の機能回復に大きな影響を及ぼします。

○ 内視鏡による皮下組織の損傷
  内視鏡手術の利点として皮膚切開が3mm(2カ所)と小さいことが挙げられますが、皮下組織の損傷について言及されることはありません。
  本来ばね指手術で開くA1腱鞘の長さはおよそ1cmです。この1cmのために、皮下組織を5cmもの範囲にわたって損傷する手術は低侵襲とは言えません

 注射針による合併症
 大饗医師らの論文3*に興味深い報告があります。
 エラスター針付属の皮切刀(注射針と同機能)により20指に経皮的ばね指手術を行ってから、直ちに標準ばね指手術に切り替えて手術を遂行し、皮切針の実用性について自己評価した論文です。
  ・ 腱の損傷あり :12/20指、60%
  ・ A1腱鞘の不完全な切開 :10/20指
  ・ 指の神経損傷、血管損傷 : なし
 手術した60%に腱損傷があり、また50%で腱鞘切開が不十分でした。
 論文の結語には「...副損傷と不十分な切開が生じる危険性を念頭に置き...」とあります。
 手術結果が行き当たりばったり時の運次第あるいはまぐれによるのでは手術として不合格です。
 したがって、注射針による手術も低侵襲とは言えません


 ◇ 経皮的 -用語の定義-

ばね指手術において「経皮的」の用語は本来の意味から転意して使われるため、説明が必要です。

○  経皮的=per cutaneous  の意味の一覧表
1.医学用語 2.辞書の定義 3.手術における意味 4.ばね指手術における意味
日本語 経皮的 皮膚を経由して 皮膚切開による 小さな皮膚切開による
英 語 percutaneous through the skin via skin incision via small skin incision

○ 辞書の定義: オックスフォード大学出版のOED辞書によるとpercutaneousは「皮膚を経由して」行われる処置や操作全般を指し、また医学論文で最初に使われたのは1887年とあります。
一般に、下記に示す多様なものが全て「経皮的」と形容されます。
 ・ 皮膚にカテーテルを挿入する遠隔手術など
 ・ 皮膚に電極を当てて刺激を与える
 ・ 皮膚に薬液を塗って皮下に吸収させる

○ 手術における意味: 皮膚切開による全ての手術を指すはずですが、ばね指については小さな皮膚切開手術に限定して(転意して)使われています。

○ さらに混乱の原因として英語圏の医学界では経皮的ばね指手術ば注射針により行われるという不文律があります。実際に、アメリカ国立衛生研究所が運営する医学図書館で「経皮的ばね指手術」の文献検索をすると、どの標題にも「注射針による手術」の説明はなく、本文を読んで初めて注射針の論文であることがわかります。
【文献検索の1例】
 標題:ばね指治療において、経皮的手術は安全と言えるか?
 Percutaneous Surgery: A Safe Procedure for Trigger Finger?: Bekir Yavuz Ucar, 2012
 → 本文を読んで初めて、14G注射針によるばね指手術の論文であることがわかります。 

○ 私は、経皮的ばね指手術について述べる際は切開刀の種類を明記する必要があると考えます。
   1.「ガイドナイフによる」経皮的ばね指手術
   2.「安永式切腱刀による」経皮的ばね指手術
   3.「注射針による」経皮的ばね指手術     などです。

○ ガイドナイフによる手術を「2mm切開ばね指手術」と名付けたのは、これらの混乱を防ぐ意味もあります。

_____________
1. 米国キャンベル整形外科教科書、第11版 P.4304
Before attempting the percutaneous release, it is helpful to have the pataient understand that the procedure might fail, and subsequent open release may be necessary.

2.【文献】ばね指に対する経皮的腱鞘切開術. 別冊整形外科 p.266-269, 1992

3.【文献】大饗ら:弾発指に対する経皮的腱鞘切開の問題. 日手会誌 16:15-16,1999

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