A1腱鞘と腱の摩擦

(医療機関向け)
ばね指の発症原因が、腱と腱鞘間の摩擦であることは容易に想像がつきます。
指を力強くを曲げる際に腱にはたらく力について考えています。



◇ 腱~腱鞘間に作用する摩擦力

母指の腹で2kgのスプリングを押さえる為に、屈筋腱には6kgの力が働き、同時にA1腱鞘にも6kgが摩擦力として作用します(ある条件を満たした場合の例です)。
これだけの摩擦力を受けながら何十年もの間、腱もA1腱鞘も疲弊せずに機能し続けることが奇跡です。
以下でその説明をします。


◇ 関節の角度計測

角度計測における約束事について知っておくと便利です。
母指のMP関節を例にとって説明します。

[A] 母指のMP関節は中手骨と基節骨で構成されます。

[B] 関節の角度計測の図です。
中手骨を基準線として基節骨が45°回転した場合、MP関節の屈曲角度は45°です。

[C] 一般的な角度計測の図です。
マッチ棒を135°の角度に並べたイメージです。
・ 一般的に2本の直線の角度計測はこちらになります。
・ ベクトル幾何学でもこちらの表記となります。
・ 屈筋腱とA1腱鞘の間の摩擦力について述べる場合もこの角度を用います。


◇ 腱にはたらく力Fの計算

比較的簡単に腱にはたらく力が計算できます。母指を例に取って調べてみます。

「母指つまみ」動作
<付録>手のグリップについてより
上図は、IP関節の屈曲が45°の模式図です。

1)母指IP関節に作用する力のつり合いについて考えます。
◇ 図では母指の指腹でスプリングをR(kg)の力で押さえています。
◇ この力の源となるのは屈筋腱の力F(kg)です。
◇ 屈筋腱と同時に伸筋腱は力T(kg)で作用して屈筋腱の力F(kg)を少し打ち消しますが、計算を単純化するために0(kg)と見なします。
◇ 力R(kg)および力F(kg)のそれぞれのトルク半径の比率を
   rt:r2=1:3、 ∴r2=r1 x 3
と仮定します。
◇ この条件においてR(kg)が決まればF(kg)は計算で求めることができます。逆にF(kg)が決まればR(kg)は自動的に決まります。
図の例では屈筋腱の力が6kgの時に、スプリングを押す力は2kgに減弱することを意味します。 

◇ A1腱鞘にはたらく力の計算

腱にはたらく力Fの計算に引き続いてA1腱鞘(赤長方形)に作用する力X(kg)を導いてみます。

以下ではF(kg)=6kgと仮定します。

(1) MP関節の屈曲角が45°のとき
A1腱鞘に作用する力をX(kg)とすると、
  X(kg)=0.77xF(kg)=4.62kg
となります。

(2) MP関節の屈曲角が60°のとき
  X(kg)=1.0xF(kg)=6kg
となり、6kgの力で腱とA1腱鞘とが押し合っていることを意味します。

まわりくどい説明となりましたが、これだけの圧迫力を受けながらも屈筋腱は、なかなか腱鞘炎が発症しないことの方が不思議な現象と言えます。

◇ ばね指の原因について
ばね指における「屈筋腱の通過障害」の主な原因は3つ挙げられます。
   1.屈筋腱にしこり(結節)ができて、A1腱鞘を自由に通り抜けられなくなった。
   2.A1腱鞘が肥厚して固くなり、また内径が狭くなった。
   3.腱の表面を潤す滑液(潤滑剤)の粘稠度が変わり、A1腱鞘との摩擦抵抗が上がった。


屈筋腱に結節が出来るのはなぜ?
結節が出来る原因は、腱とA1腱鞘の間の摩擦であることは容易に想像がつきます。

また医学論文*1や手術経験から、日本人のA1腱鞘の長さは約1cmであることが分かっています。

ばね指の発症年齢の平均が59才(自験例)であることはばね指手術の統計で述べました。
腱とA1腱鞘とが59年の長きにわたって絶えず摩擦しあうにも関わらず、腱が傷まない(結節が出来ない、またばね指が発症しない)ほうが不思議と言えます。
また腱とA1腱鞘とは同じ圧力で押し合う(摩擦しあう)結果、A1腱鞘も固く肥厚して柔軟性がなくなってきています。
手術適応のばね指において、A1腱鞘の表面にガングリオンが併発していることがあります。この場合、A1腱鞘とガングリオンは密着していますのでもろともにA1を摘出します。実際に摘出したA1腱鞘の標本をみると、A1腱鞘の肥厚がよく理解できます。

(2)屈筋腱に結節ができる直接の原因は「屈筋腱」と「A1腱鞘」が摩擦をおこすからです。

◇ 実は不明な点の多い滑液鞘の機能

結節の詳しい発生機序については現代の医学でも不明の点が多くあります。
屈筋腱とA1腱鞘の内部に血管は存在せず、滑液(鞘)から栄養を得ています。
指の動きにより屈筋腱とA1腱鞘の間に摩擦が加わると、両者が損傷するだけでなく、
腱を取りまく滑液鞘も同時に損傷されます。
損傷を受けた滑液鞘(細胞)は旺盛な再生力で復元しますが、出血して周囲と瘢痕性に癒着する場合も考えられます。このようなエピソードを繰り返すと、腱と滑液鞘の癒着部位が少しづつ肥大して結節形成に至る考えられます。
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 ・Wilhelm B.J. Trigger Finger Release with Hand Surface Landmark Ratios: An Anatomic and Clinical Study. Plast Reconstr Surg. 108:908-915,2001.

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